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千葉地方裁判所 平成5年(わ)1228号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。

押収してある大麻草六袋(平成五年押第二六〇号の1ないし6)を没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、みだりに、

第一  麻薬を不正に輸入しようと企て、池田A男他数名と共謀の上、池田A男において、麻薬であるコカイン塩酸塩合計78.69グラム(平成五年押第二六〇号の7ないし11はその鑑定後の残量)を同人のカメラバッグ内に隠匿携帯した上、平成五年七月八日(現地時間)、アメリカ合衆国ロサンゼルス国際空港において、全日本空輸〇〇五便に搭乗し、同月九日午後四時四〇分ころ(日本時間)、千葉県成田市三里塚字御料牧場一番地の一所在の新東京国際空港に到着し、右麻薬を隠匿携帯したまま同航空機から降り立って本邦内に持ち込み、もって、麻薬を輸入するとともに、同空港トイレ内において、右コカインを入れたビニール袋を同人の下腿部に粘着テープで巻き付け隠匿し、同日午後五時一〇分ころ、同市古込字古込一番地の一所在の同空港内第二旅客ターミナルビル東京税関成田税関支署旅具検査場において、携帯品検査を受けるに際し、同支署税関職員に対し、右のとおり麻薬を隠匿携帯している事実を秘して申告せず、もって、輸入禁制品である麻薬を輸入しようとしたが、同支署税関職員に発見されたため、その目的を遂げなかった。

第二  同年八月一一日午前一一時一〇分ころ、東京都渋谷区恵比寿〈番地略〉所在のマンション「△△」六〇三号室の被告人方において、大麻である大麻草38.572グラム(同押号の1ないし6はその鑑定後の残量)を所持した

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

弁護人らは、判示第一の事実につき、被告人は、何人とも本件コカインの密輸入を共謀した事実はなく、また、判示第二の事実についても、平成五年八月一一日に行われた被告人宅の捜索の際、発見押収された大麻が大麻取締法の規制の対象とされる大麻草であることの証明がないから、いずれの事実に関しても被告人は無罪である、と主張し、被告人は、判示第二の事実についてはこれを認めているものの、判示第一の事実について一切黙秘しているので、以下順次検討する。

第一  判示第一の事実について

一  池田A男(以下「池田」という。)が本件コカインを密輸入するに至った経緯及びその密輸入の状況について

池田が、右の点について、当公判廷において述べるところは概ね以下のとおりである。

1 池田は、株式会社角川書店(以下、「角川書店」という。)において、カメラマンとして稼働していたものであるが、平成五年六月一一日午後三時ころ、同会社の代表取締役角川春樹(以下、「角川」という。)に呼ばれて東京都文京区本郷にある角川書店本社ビルの社長室に赴いたところ、角川から「また、ロスに買い付けに行ってもらうが、REXの封切りまで用心のために延ばす。」と言われた。それを聞いて、池田は、従前のいきさつからして、角川から、いつものようにロサンゼルスに行ってコカイン等を買い付けてくること、及び買い付けに行く時期は同年七月三日に予定されている角川映画「REX」の封切りを無事に済ませた後とすることを指示されたものと受け取った。また、「用心のため」とは、かねて角川から聞かされていた会社関係者による密告の事実を指し、角川がそれに関して警戒心を抱いていて、池田にも用心を促したものと理解した。

2 同年六月三〇日午後三時三〇分ころ、東京都千代田区九段北にある九段アスカビル二階写真資料室にいた池田は、社長秘書の小川泰弘から、電話で、「急ぎなので大至急来てくれ。」という社長指示を伝えられ、同日午後四時三〇分ころ、角川書店本社ビルの社長室に赴いたところ、同室内に一人でいた角川から「また、ロスへ行って来てくれ。」「現金は二日の今頃の時間に渡す。」と言われた。この言葉を聞いて、池田は、角川から、ロサンゼルスへ行ってコカインを買い付けてくること、買い付け代金については、かつて行っていたような会社から振込送金する方法をさし控え、前回の二月のときと同様に現金を直接持参する方法をとることにすること、そのための現金を同年七月二日の午後四時三〇分ころ交付するから、これを受け取るために社長室に出頭すべきことを指示されたものと了解した。

3 そこで、池田は、以前からのコカインの購入先であるロサンゼルス在住の中島B男「以下、「中島」という。)に買い付けに行くことの連絡を取ろうとしたが、手を放せない仕事があったりして連絡できないでいるうち、七月一日に会社の廊下で角川と出会ってしまったので「まだ、連絡してません。」と中間報告をし、翌二日午後二時すぎころ、埼玉県八潮市にある愛人の仲村C子(以下、「仲村」という。)方からロサンゼルスに国際電話をかけたが、中島が不在だったため、留守番電話に「またロスに行きますのでよろしくお願いします。」という言葉を入れておき、同日午後四時三〇分ころ、現金を受け取りに角川書店本社ビル社長室に行ったとき、角川に対し、ロサンゼルスの入手先に連絡した旨を報告した。すると角川は、焦げ茶色のアタッシェケースの中から、現金一三〇万円を入れた白封筒(平成五年押第二六〇号の15の一二枚の封筒のうちとメモ書きしてあるもの。)を取り出して、池田に渡し、「じゃあ、これで頼む。ビデオも頼む。ビデオのほうは会社で直接俺に渡してくれ。ものはキヨのほうに。」と指示した。池田は、右指示文言について、角川のいうビデオとは、従前のいきさつから猥褻ビデオを指しており、今回も、コカインのほかに猥褻ビデオをも購入してくることを命じられたと了解し、かつ、持ち帰った猥褻ビデオについては会社で直接角川に手渡すこと、及びコカインについてはキヨ即ち被告人にその居住する恵比寿のマンションにおいて手渡すことを指示されたものと受け取った。

4 ところで、池田は、従前、ロサンゼルスに買い付けに赴いたときに、コカインのほかに大麻も購入してこれを持ち帰るのが常であったが、前回、池田がロサンゼルスに赴いて中島からコカインや大麻などを購入し、平成五年二月一〇日に被告人宅にこれを届けに行った際に、被告人から「もうハッパはあまりいらないわ。」と次回以降は大麻はいらない旨言われた経緯があるところから、角川の今回の指示はコカインのみの買い付けの趣旨であると判断し、コカインのみの買い付けであれば、角川から渡された現金一三〇万円でこれまでより多めのコカインが入手できると考え、同年七月四日、仲村方から中島に国際電話をかけて、同人に対し、「また、ロサンゼルスに行くので雪を多めに。お茶はいらない。」と言って、今回は大麻はいらないからコカインの量を以前よりも多めにしてくれるように連絡した。中島はこれに対し「分かりました。」と答えた。

5 翌五日、池田は、午前中に角川書店の系列会社である角川アスカツアーの社員渡辺桂志に七月六日に日本を出発し、同月九日に帰国する日程でロサンゼルスまでの航空券の手配を依頼し、五日午後二時ころ、右航空券の予約がとれたことを確認すると、午後二時六分ころ、九段アスカビル二階の角川書店写真資料室から被告人方に電話をかけ、被告人に対し、「また、ロスへ行ってきますが、六日発ちの九日に帰国しますので、お願いします。」と申し伝えた。これに対し、被告人は「どうもご苦労さま。社長にはもうやめるように言っているんですがね。十分気を付けて行って来てください。ロサンゼルスでも十分気を付けてね。帰って来るときも気を付けてね。」などと答えた。池田は、この言葉を聞いて、被告人が同月九日に池田が被告人方に届けられるコカインの受領を約束したものと了解すると同時に、被告人もまた、角川と同様に、発覚のおそれを懸念していることを感じ取った。

6 翌六日、池田は、角川から渡された現金のうち、五〇万円を亀有信用金庫三郷支店で四四五六米ドルに、六〇万円を東海銀行東京営業所成田空港出張所で五三四七米ドルにそれぞれ両替し、同日午後六時発の全日本空輸〇〇六便に搭乗して、ロサンゼルスに向かい、同日午前一一時四五分ころ(現地時間)、アメリカ合衆国ロサンゼルス国際空港に到着し、レンタカーを借りて同日午後七時ころ、中島方を訪れた。同人宅で池田は、中島に対し、「ここに九〇〇〇ドルある。」と言って、コカイン代金として九〇〇〇米ドルの現金を手渡したところ、中島は「分かりました。これ預かります。」と答え、さらに、コカイン入手の成否並びにその数量、価格等について確認の電話を夜一〇時ころしてくれるように言った。池田は、ホテルに戻り、午後一〇時ころに中島に電話を入れると、同人は「大丈夫だと思います。」と返事をした。

7 翌七日、池田は、ロサンゼルス市内において、猥褻ビデオテープ五本(同押号の18)を購入した後、午後七時ころ、中島方に赴いた。中島は既にコカインを手に入れていて、池田は、中島やその同居人とともに右コカインの一部を取り出してストローで吸引して使用し、その残りのコカイン約78.69グラム(同押号の7ないし11)を日本に持ち帰ることにした。なお、このとき、釣銭は二〇〇〇ドル弱あったが、池田は中島に「そのまま預かっておいてくれ。」と言い、後日角川の指示を仰いだ上その処置について中島に連絡することにした。

8 翌八日、池田は、本件コカインを同人のカメラバッグ内に隠匿携帯した上、アメリカ合衆国ロサンゼルス国際空港において、全日本空輸〇〇五便に搭乗して、同月九日午後四時四〇分ころ(日本時間)、新東京国際空港に到着したが、今回はコカインの量が多いことから、税関職員に発見されるのではないかという不安にかられ、カメラバッグを調べられてもいいように、同空港トイレ内でコカインの入ったビニール袋をカメラバッグから取り出して同人の下腿部に粘着テープで巻き付けた上、携帯品検査を受けたが、税関職員にまず猥褻ビデオを発見され、身体捜検の結果本件コカインも発見されたため、麻薬密輸入の現行犯人として逮捕され、ビデオテープやコカインは証拠品として押収された。また、角川から渡された金員のうち、残りの一万円札一三枚と両替後の一八米ドル(同押号の17)を入れた角川書店名入り白封筒及び自己所有の二五万円(同押号の16)を入れた別の封筒等も同時に押収された。

二  池田の当公判廷における供述の信用性について

以上の池田供述のうち、池田が、本件コカインを携帯して、ロサンゼルスから全日本空輸〇〇五便に搭乗して新東京国際空港に到着し、これを隠匿携帯したまま通関しようとして発見、逮捕されたという点は、関係各証拠から明白であり、池田がこのコカインをロサンゼルス在住の中島から同地で買い付けてきたという点については、中島の宣誓供述書謄本による裏付けがあって、ともに疑問とする余地がないといえる。

次に、池田が本件コカインの買い付けに赴くまでの経緯として述べるところは、角川本人のこの点に関する供述内容が明らかでなく、被告人も黙秘の態度を貫いているため、これらの者の供述による裏付けを得ることができないけれども、池田は、当公判廷において、卓上カレンダーの記載などによって記憶を喚起しながら、具体的かつ詳細に、記憶が喚起できない点があればその旨述べ、自己に不利益となる内容までも包み隠さず証言しており、その証言内容は、他の関係各証拠と照らし合わせてみて、不自然な点がなく、とりわけ、その供述する日時ころ、池田が角川書店の社長室等で社長である角川と会った事実は、池田の卓上カレンダーの記載によって大部分裏付けられ、また、池田がロサンゼルス出発前にロサンゼルスの中島にたびたび国際電話をしているほか、出発前日である平成五年七月五日の午後二時六分ころに被告人宅に電話をしたという点も、通話関係の資料によって裏付けられていること、何にも増して池田の供述内容に反するような証拠が他に全く認められないこと、池田の供述するところによれば、同人は逮捕当初、本件コカインの密輸入は、自分の単独犯行である旨供述していたが、その後、取調べの過程でコカインの害悪を聞かされ、角川にコカインの害悪を断ってもらいたいという心境になって、被告人や角川の本件に対する関与の事実を供述するようになったというのであり、かかる供述の経緯についても不自然、不合理な点は見出せないことなどに照らしてみて、これまた十分に信用できるものと認められる。

したがって、前記第一の一の1ないし8に関しては、池田の当公判廷における供述及びその他の関係各証拠によって、その供述内容のとおりの事実を認定することができるというべきである。

三  被告人に関する共謀共同正犯の成否について

1 池田の本件コカイン密輸入行為に関する被告人の認識程度について

本件コカイン密輸入の実行正犯者が池田であることは証拠上明らかであるが、これに対する被告人の加功の有無、程度を知るためには、池田のしたコカインの密輸入について、被告人がどの程度の認識を有していたかを明らかにすることが不可欠である。そこで、この点について検討すると、先に認定した事実関係において右実行正犯者である池田と被告人との本件犯行に関する接点としてまず挙げることができるのは、池田が、平成五年七月五日午後二時六分ころ、アスカビル二階の角川書店写真資料室から被告人方に電話をかけ、被告人に対し、「また、ロスへ行ってきますが、六日発ちの九日に帰国しますので、お願いします。」と申し伝え、これに対し、被告人が、「どうもご苦労さま。社長にはもうやめるように言っているんですがね。十分気を付けて行って来てください。ロサンゼルスでも十分気を付けてね。帰って来るときも気を付けてね。」と答えたという、被告人と池田との電話によるやりとりである。そこで、この会話内容を手がかりに右電話によるやりとりの意味するところを解明すべきこととなるが、そのためには、古く遡ってこれに至るまでの過去の経緯から見ていくことが必要である。

関係各証拠、とりわけ池田の当公判廷における供述によれば、本件犯行に至るまでに、以下の(1)ないし(5)のような事実の積み重ねがあったことが認められる。

(1) 被告人は、昭和四六年三月に千葉県内の高校を二年で中退して単身上京し、ブティックの経営や宝石販売などの仕事をしていたが、昭和五八年ころ、知人を介して、角川書店の代表取締役をしていた角川と知り合い、昭和五九年から同人と現住居である恵比寿のマンションにおいて同棲を始め、角川が映画の撮影やそのキャンペーン、あるいは宗教的行事などで国の内外に出張する際には、たびたび同人に同行し、愛人関係でありながらあたかも本来の夫婦であるかのように行動していた。

池田A男は、昭和四四年にカメラマンとして角川書店に入社し、「野性号Ⅰ世」という古代船を復元した実験航海や黄金の三角地帯と呼ばれるタイ、ラオス、ミャンマーの麻薬地帯の取材などに同行して角川と生死をともにし、その人柄に心酔して以後、角川の忠実な部下として、公的場面だけでなく私的生活面でも角川に仕えるようになり、それにつれて、被告人も、池田に対して絶対的な影響力のある角川と生活や行動を共にするその愛人としての立場から、池田に対し、事実上の強い影響力を及ぼすようになっていった。

(2) 被告人は、角川と知り合う以前から大麻を使用していたが、角川と知り合った後も海外旅行、国内旅行の際にその使用を続け、また、コカインについては、一〇年程前に角川、池田らとロサンゼルスに旅行したとき被告人の友人のユキこと武井D男から貰ってこれを試みたのが始まりで、その後、海外旅行の機会に、右武井や池田の知り合いの白人などからコカインを入手して使用するようになった。

(3) このようなことを繰り返しているうちに、やがて角川は、池田に対して、ロサンゼルスに行って、コカインや大麻を買い付けてくることを指示するようになり、池田は、その都度、コカインの入手目的で知り合ったコカインの売人であるロサンゼルス在住の中島のもとに赴き、同人からコカイン、大麻を入手して持ち帰り、その回数は昭和六二年三月ころから、平成五年二月までに三〇回を超えた。指示を出す場所は、角川書店の社長室であったり、また、角川らの出張先であったりしたが、角川が、被告人のいる場所で、池田に対してコカイン等の買い付けを指示したことも多数回あり、例えば、昭和六三年一月には、ハワイのホテルにおいて、同年八月には、伊勢市の「中六」という旅館において、平成元年六月には、米沢市のホテルにおいて、同年八月には、カナダ、カルガリーのキャンピングカー内においてそれぞれ池田にコカイン等の買い付けを指示した際には、いずれも被告人が同席していて、池田に対し、その都度「ごくろうさま。」などとねぎらいの言葉をかけていた。池田は、中島からコカイン、大麻を入手すると、被告人や角川が海外の出張先にいるときはその滞在するホテルに持参して、主として被告人に手渡し、本邦に持ち帰ったときは空港で通関した後に被告人に電話して、無事帰国した旨を知らせ、被告人が在宅していることを確認して被告人方に赴き、コカイン、大麻を被告人に手渡すのを常とし、都合で会社で角川に手渡すこともなくはなかったが、そのような事例はごくまれにしかなかった。

(4) なお、池田は、この間、前後三回にわたってロサンゼルスの「スノーレディ」という店で、コカインを粉末状にするための器具のスパイスミルとかコカイン吸入用の小さなスプーンが付いたコカイン容器の小びんなどを購入して被告人や角川に渡し、うち一回は女性用にふさわしいと考えて被告人のためにわざわざ赤色のキャップのついた小びんを買い求めて被告人に渡しており、平成五年九月四日に行われた被告人の恵比寿のマンションの捜索の際に、池田が渡したと思われるスパイスミル一個(同押号の14)及び赤いキャップの茶色小びん一本(同押号の13)が発見、押収された。

(5) 加えて、被告人は、既に述べたとおり、池田が平成五年二月九日にロサンゼルスから持ち帰ったコカイン、大麻等をその翌日の夜、被告人方に持参した折りに、池田に対して、「もうハッパはあまりいらないわ。」と言って、次回以降買い付け品目から大麻をはずすことを指示しており、池田は、被告人のこの指示に従って、今回の買い付けはコカインだけとした。

以上のような本件密輸入に至る迄に長期間にわたって積み重ねられてきた事実経過に照らしてみるならば、被告人において、今回池田がどの程度の数量、金額のコカインをどのような方法で買い付けてくるかの詳細についてまでは知らなかったとしても、池田がロサンゼルスに行って、多分「シゲ」と称する男から、ある程度まとまった数量のコカインを買い付けてくるものであることを熟知していたといわざるを得ず、平成五年七月五日に、池田が被告人に「また、ロスへ行ってきますが、六日発ちの九日に帰国しますので、お願いします。」という電話をしてきたことで、被告人は、池田が、いつものように角川の指示でコカインの密輸入をしようとしていることを認識し、かつ、「九日に帰国しますのでお願いします。」という電話の内容から、池田が被告人にその日に密輸入したコカインの受渡しをすることができるように自宅に待機していてもらいたいと言っていることを直ちに了解したとみるほかなく、このことは、池田の電話に対する被告人の前記応答内容に照らしてみても、また、そのときのやりとりが、前記のようにごく手短かで簡単なものでありながら当事者間において十分意を通じ合っていると思われることや、そのとき、被告人が池田に対し、くどい程「気を付けて。」と念を押して発覚への警戒心をあらわにしていることからしても、明らかであるというべきである。

2 被告人のコカイン等の密輸入に対する関与の程度について

関係証拠からは、被告人が直接池田に対してコカイン等をロサンゼルスで買い付けてくるように指示した事実は認められず、また、被告人が買い付けの費用等を分担していた証跡も窺われないけれども、前記のように、これまでにも角川が池田にコカイン等の買い付けを指示する場面に多数回同席して池田にねぎらいの言葉をかけるなどした事実が認められるほか、さらに、以下の(1)ないし(3)のような事実が証拠上認められる。

(1) 前記のように、池田は、角川から指示されて、ロサンゼルスから密輸入してきたコカイン、大麻を原則として被告人方で被告人に手渡していた。角川や被告人が軽井沢の明日香宮と称する別邸に滞在中のときも受け取るのは被告人であった。角川や被告人らと海外出張をした際に、角川に指示されて池田が購入してきたコカインは、ホテルの部屋で被告人に手渡されるのが常であった。このように、被告人は、池田が買い付けてくるコカイン等について、その受け取り人の役割を担当していた。

(2) 被告人及び角川が、池田を同行して海外に赴くようなとき、被告人は、コカインをカプセルに封入し、そのカプセルを一般の常備薬の中に混ぜてびんに入れ、出入国の際には、それを池田に持たせて通関することが多かった。そのような方法をとらないまでも、国境を越えた移動をするときなど、被告人は「お願いね。」と池田にコカインを持たせていた。もっともそのような方法をとる以前には、被告人がロサンゼルスのホテルの角川の部屋で池田に手伝わせてコカインを女性の生理用具の中に詰め込み、これを被告人が荷物に入れて日本に持ち帰ったこともあった。また、平成五年八月一一日に、被告人は、自宅を家宅捜索され、大麻を発見され、その不法所持の現行犯人として逮捕されたが、被告人は、当公判廷において、右不法所持の事実を認める旨の供述をしている。このように、被告人は池田が密輸入してくるコカイン等について、受け取った後の保管とか運搬などする役割をも担当していた。

(3) かつて池田が、スペインのホテルの被告人と角川の部屋を訪れたとき、奥の方から、「もうちょっとくれよ。」という角川の声と、「これだけよ。」という被告人の声が聞こえてきたことがあった。これを聞いた池田は、右会話がコカインをめぐってされているものと感じた。さらに、既に述べたように、被告人は、今回のコカインの密輸入に先立ち、池田に対して、もう大麻はいらないなどと申し向けている。このことからみると、被告人は、池田が密輸入してくるコカイン等について、その薬物の種類を指定し、あるいは費消についてこれをコントロールするなどしてそれを管理していたとみられる。

以上の諸事実を総合すれば、被告人は、単に、角川の指示に従って池田が密輸入してきたコカイン、大麻などを池田から受け取る役割を演じていただけでなく、それらの薬物について積極的に保管、管理をも行っていたと認めることができる。

3 被告人の国内におけるコカインの使用事実について

被告人は、捜査官に対して、かつて海外でコカインを吸入して使用した事実があることを認める供述をしているほか、池田も、当公判廷で、被告人や角川らと海外出張した際に、被告人がホテルでコカインを使用しているのを再三現認したことがある旨供述しているが、日本国内において被告人がコカインを使用していたか否かについては、被告人はそれを否定し池田もこれについて言及するところがない。しかしながら、従来池田が二か月ないし三か月に一回の頻度で密輸入し、被告人に渡していたコカインの量は、購入金額等からみて毎回少なくとも五〇グラムを越えていたと推定され、通常コカインの使用量が一回につき、0.01グラムから0.05グラムであることに照らすと、池田が密輸入するコカインを角川が一人だけで使用していたとは到底考えられないばかりでなく、前記のとおり池田は角川だけでなく、被告人に対しても、吸入用の小さなスプーンが付いたコカイン容器の小びんを渡していること、警察庁技官井上堯子他二名共同作成の鑑定書によれば、平成五年九月一一日に採取した被告人の頭髪約四〇〇本(約1254.8ミリグラム)のうち採取部位が特定されている約947.4ミリグラムについて、これを毛根側から二センチメートル毎に切断し、毛根からの長さに従って一二群に分け、その各群についてコカイン及びその代謝物の含有の有無及びその量について検査したところ、大部分の試料からコカインの主代謝物であるベンゾイルエクゴニン及びエクゴニンメチルエステルが検出、確認され、さらに、毛根から二〇センチメートルまでの一〇群からはすべてコカインが検出、確認され、これらの各群におけるコカイン及びその代謝物の含有量は、毛根から四センチメートルないし六センチメートルの群において最も高く、毛根から六センチメートルないし八センチメートルの群がこれに次ぐ数値を示しており、ヒトの頭髪が一か月に約一センチメートル伸びるとされ、かつ、毛髪中の薬物の分布状態と薬物の摂取時期とに関連性があるとされていることからすると、被告人は長期にわたり継続的にコカインを使用していた可能性が高く、特に毛髪採取時より半年前前後である平成五年春ころの使用程度が多かったということが認められること、前記鑑定は、高感度分析法であるマスフラゲメントグラフィー(MF)を行って各群に含まれるコカイン及びその代謝物を検索し、さらにガスクロマトグラフィー/タンデム型質量分析及び薄層クロマトグラフィーによる分析をも行ってMFによる検索結果を確認した上、既知量の標品試料の分析結果との比較から0.1ないし0.01ナノグラムの精度で各毛髪群中に含有されるコカイン及びその代謝物の含有量を算出するなどしてなされたもので、その鑑定結果は十分に信用できるものというべきであること、被告人は、平成四年六月六日にフランクフルトに向けて出国し、同月一三日に帰国してからは、本件が発覚するまでの間海外に行ってないことが出入国記録から明らかであり、この事実と前記の鑑定結果とを照らし合わせてみるならば、被告人の日本国内におけるコカイン使用の事実は否定すべくもないということができると同時に、池田供述から、被告人のコカイン入手ルートは池田がロサンゼルスから買い付けてくるもの以外にないと認められることに徴すると、被告人において、池田が密輸入してきたコカインを日本国内においても継続的に使用していた事実は明らかである。このようにみてくると、本件コカインについて、被告人にも、これを自己の使用に供する目的があったと認めざるを得ない。

4 結語

以上みてきたところによれば、本件コカインの密輸入について、被告人の果たした役割は、密輸入の実行犯である池田に対し、同人の雇主である角川の愛人という優越的な人間関係を利用し、事前に密輸入すべき薬物の種類を指示した上、密輸入されたコカインを池田から受け取ることを約したものであり、しかも、本件密輸入の結果得られるコカインは被告人が保管、管理することが予定され、かつ、被告人も使用するためのものであったということができるのであるから、被告人は、単に池田が密輸入したコカインを同人から受領することを約束することで事後的な犯罪の関与を承諾したという受動的、消極的な役割を演じたにとどまるものでなく、進んで、池田の行為を通じて自己の犯罪を実現させようとしたものとして、本件密輸入行為に関しての正犯性が肯認できるというべきである。

これを本件の事実関係に即してみるならば、平成五年七月五日午後二時六分ころ、池田がアスカビル二階の角川書店写真資料室から被告人方に電話をかけ、被告人に対し、「また、ロスへ行ってきますが、六日発ちの九日に帰国しますので、お願いします。」と申し伝え、これに対し、被告人が、右文言の意味するところを十分熟知した上で、「どうもご苦労さま。社長にはもうやめるように言っているんですがね。十分気を付けて行って来てください。ロサンゼルスでも十分気を付けてね。帰って来るときも気を付けてね。」などと答えて、同月九日に池田が被告人方に届けるコカインの受領を約束したときに、被告人と池田らとの間に本件コカインの密輸入の共謀が成立し、結局、被告人には本件コカインの密輸入の共謀共同正犯が成立するというべきである。

第二  判示第二の事実について

一  弁護人らは、被告人の自宅で発見押収された大麻からカンナビス属植物に特徴的な成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)が検出されたとしても、大麻取締法が規制する大麻草はカンナビス属の植物のうちカンナビス・サティバ・エル及びその製品に限られ、同じカンナビス属であってもカンナビス・インディカ、カンナビス・ルーディリラスを含まないことは、同法一条の規定の文言から明白であるから、THCが検出されたという事実だけでは、被告人が所持していた大麻が、大麻取締法で規制されているカンナビス・サティバ・エルであることについての証明があったとはいえないと主張する。

二  しかしながら、大麻取締法一条の大麻草(カンナビス・サティバ・エル)とは、同法の立法の経緯、趣旨、目的等によれば、カンナビス属に属する植物すべてを含む趣旨であると解するのが相当であり(最高裁判所第二小法廷昭和五七年九月一七日決定参照)、このような大麻草の主たる成分はTHCであることは公知の事実であるから、本件において被告人が所持していた大麻からTHCが検出されている以上、それが大麻取締法にいう大麻草であることについての証明は十分であるというべきである。弁護人らの右主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち、麻薬を輸入した点は刑法六〇条、麻薬及び向精神薬取締法六五条一項一号に、輸入禁制品である麻薬を輸入しようとして遂げなかった点は刑法六〇条、関税法一〇九条二項、一項、関税定率法二一条一項一号に、判示第二の所為は大麻取締法二四条の二第一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の各罪は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い麻薬及び向精神薬取締法違反の罪の刑で処断することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入し、押収してある大麻草六袋(平成五年押第二六〇号の1ないし6)は判示第二の罪に係る大麻で、被告人が所持するものであるから、大麻取締法二四条の五第一項本文によりこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、池田他数名の者と共謀して、コカイン買い付けの目的で池田をロサンゼルスまで赴かせ、多量のコカインを入手させた上、これを本邦内に密輸入しようとしたが、税関職員に発見されて失敗に終わったという麻薬及び向精神薬取締法違反及び関税法違反並びに被告人が自宅において大麻を所持していたという大麻取締法違反の事案である。

麻薬及び大麻については、これを用いる者の健康や社会の健全性に及ぼす害悪が深刻な国際的、社会的問題となっている折りから、本件各犯行はそれ自体厳しい非難に値することに加えて、被告人及び池田らは、共謀の上、過去数年にわたり反復、継続して本件のようなコカインあるいは大麻の密輸入を行っていたことが窺われ、本件はかかる常習的な密輸入行為の一環であること、池田において実行行為を分担し、予めロサンゼルスの密売人に電話で注文した上で買い付けに赴くなど、犯行態様が計画的である上、今回押収されたコカインの量も約七八グラムと多量であること、被告人は、事前に池田に対し、もう大麻はあまりいらない旨述べて、池田が密輸入してくる薬物の種類を指示した上、池田が密輸入してきたコカインを受け取って、保管、管理するという役割を担当していたこと、被告人は、当公判廷において、判示第一の事実については供述を拒否し、判示第二の事実についても大麻を所持していたという事実だけを認め、その犯行の経緯等について供述を拒否するなど、反省の情が判然としないことなどに照らせば、被告人の犯情は甚だ芳しくなく、その責任は重いというべきである。

しかしながら、判示第一の事実について、本件コカインは、幸いにも税関で全て発見押収されたため、その使用による実害を生ずるまでに至らなかったこと、本件コカインの密輸入は専ら自己使用のためであり、それを他に転売して金銭的利益を得るなどの目的はなかったと認められること、被告人について共同正犯が成立するとはいえ、被告人が率先して池田を指揮指導しコカイン等を密輸入させたという事情は窺われないこと、今回の密輸入に関しては、被告人は「社長には、もうやめるように言っているんですがね。」と述べるなどしていたことが認められること、判示第二の事実については、所持していた大麻の量が比較的少量であること、さらに、被告人に前科がないこと、また、その年齢、境遇など、被告人にとって有利な、或いは酌むべき事情もあるので、これら諸般の事情を総合考慮した上、被告人に対し主文掲記の刑を科することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官神作良二 裁判官井上豊 裁判官見目明夫)

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